こんにちは、かっぱ隊長です。
「この紋所が目に入らぬか!」
この一言を聞いて、条件反射で「ははーっ」と頭を下げたくなった方。
あなたは正真正銘の昭和人です笑
今日は、昭和の茶の間を毎週占領していた時代劇について、熱く語ります。
月曜から日曜まで、チャンネルを変えれば必ず時代劇があった、あの黄金時代のお話です。
目次
昭和のテレビは時代劇だらけだった
現代のテレビで時代劇を見ようとすると、かなり探さなければなりません。
BSや時代劇専門チャンネルに行かないと、ほぼ見当たらない。
ところが昭和のテレビは真逆でした。
月曜夜は水戸黄門、火曜は大岡越前、木曜は必殺仕事人——テレビ欄は時代劇で埋め尽くされていたのです。
1970年代(昭和45〜54年)のゴールデンタイムにおける時代劇の放映本数は、現在とは比較にならないほど多かった。
昭和のお父さんにとって、夜の時代劇は「帰宅後の晩酌のお供」として欠かせないものでした笑
水戸黄門という「日本最強のフォーマット」
昭和の時代劇の王者といえば、やはり「水戸黄門」です。
TBS系で1969年(昭和44年)から放映が始まり、なんと2011年まで続いた超長寿番組。
そのフォーマットは完璧なまでにシンプルでした。
黄門様(徳川光圀)と助さん格さんが諸国漫遊→悪代官や悪商人の横暴を目撃→懲らしめる→印籠を出す→「この紋所が目に入らぬか!」→悪者が土下座→めでたしめでたし。
毎回同じ展開なのに、なぜか毎週見てしまう。
これが「水戸黄門マジック」です笑
豆知識ですが、あの有名な「この紋所が目に入らぬか!」という台詞、実は原作にはほぼ登場しません。テレビドラマが生み出した名台詞だったのです。
必殺仕事人という「大人の時代劇」
水戸黄門が「家族全員で見る時代劇」なら、必殺シリーズは「大人のための時代劇」でした。
1972年(昭和47年)から始まった「必殺仕掛人」に始まる必殺シリーズは、法では裁けない悪を「裏の仕事人」が始末するという、それまでの勧善懲悪とは一線を画す設定。
主水(もんど)というダメ同心が実は凄腕の殺し屋、という設定の「必殺仕事人」は昭和の大ヒット作となりました。
テーマ曲「仕事人のテーマ」が流れると、お父さんたちがテレビの前に集まってきたものです笑
子供には「ちょっと怖い大人の番組」という印象で、こっそり見ていた記憶があります。
遠山の金さんと大岡越前という「裁判長ヒーロー」
昭和の時代劇には「お奉行ヒーロー」という独自のジャンルも存在しました。
遠山の金さんは、桜吹雪の刺青で正体を明かす「花の三百代言」スタイルが痛快そのもの。
「この刺青に見覚えはねえか!」と桜吹雪を見せる場面は、水戸黄門の印籠と並ぶ昭和時代劇の「様式美」でした。
大岡越前は、江戸の名裁判官・大岡忠相を主人公にした人情派時代劇。
こちらは派手さよりも人情と知恵で解決するスタイルで、特に女性視聴者に人気がありました。
どちらも「悪は必ず裁かれる」という昭和の正義観を体現していた作品です。
子供も大人も一緒に見た理由
なぜ昭和の時代劇は、子供から大人まで一緒に見られたのか。
答えは「勧善懲悪のわかりやすさ」にあります。
善と悪がはっきりしていて、最後には必ず正義が勝つ。
現代のドラマのように複雑な人間関係や心理描写はなく、「誰が悪者か」が最初からわかる。
これは子供にも大人にもストレスなく楽しめる構造でした。
家族全員が同じものを見て「やっつけろ!」と叫べる——そんな共通体験が、昭和の家族の絆を作っていたのかもしれません。
時代劇が消えていった昭和の終わり
昭和から平成にかけて、時代劇は徐々にテレビから姿を消していきました。
若い視聴者が時代劇を見なくなり、視聴率が取れなくなったからです。
かつてゴールデンタイムを席巻した時代劇は、今では深夜や衛星放送の世界へ。
あの「印籠を出す瞬間の爽快感」を、リアルタイムで体験できる機会はほぼなくなりました。
それでも昭和を生きた私たちの心の中には、永遠に印籠を高々と掲げる助さんの姿が刻まれています。
「この紋所が目に入らぬか!」——この台詞を聞くだけで、昭和の茶の間が蘇る。
それが昭和の時代劇の、変わらない力なのだと思います。
かっぱ隊長でした。
昭和40年代生まれの何の取り柄もない爺いです。
関西出身の東京在住。
懐かしいもの、怖いものが大好き。

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