昭和のテレビは「一般人」が主役だった!?その2〜泥まみれ、絶叫の嵐〜

昭和のテレビ
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こんにちは、かっぱ隊長です。

前回に引き続き、昭和のテレビ番組、「一般人が体を張った伝説の番組たち」を振り返ってみましょう。

自由の女神に会えるのは二人だけ!恐怖のアメリカ旅行!

1. 聖地・後楽園球場からの脱出『アメリカ横断ウルトラクイズ』

昭和の視聴者参加番組の最高峰といえば、これを出さないわけにはいきません。

『アメリカ横断ウルトラクイズ』!

「知力・体力・時の運」という、人生のすべてを凝縮したようなキャッチフレーズ。

まず、予選の舞台が後楽園球場(現・東京ドーム)というのがスケールが違います。

この番組に参加する為、仕事を辞めてくる人がいたほど特別な番組でしたね。

何万人の大人が、たった一問の○×クイズで一喜一憂し、敗者はその場で即帰宅。

飛行機に乗ったのに、飛行機の中のペーパーテストで失格、降りられずにそのまま帰宅など、まさに鬼畜演出がてんこ盛り。

とても有名なお決まりフレーズ、福留アナが「ニューヨークへ行きたいかー!罰ゲームは怖くないかー!」と叫ぶと、参加者は「おー!」と拳を突き上げる。

小学生だった僕たちも、クラスの誰かが「ニューヨークへ行きたいかー!」と叫ぶと、「おー!」返すのはお約束でありました。

第1回大会の優勝賞品は「ラスベガスの土地」。夢がある!と思いきや、実際は砂漠の真ん中の、使い道が全くない広大な荒野だったというオチ、最後の最後まで鬼畜仕様でしたね笑

柳沢慎吾の『あばよ!』で盛り上がった夜

2. 土曜の夜、日本中が告白を見守った『ねるとん紅鯨団』

昭和末期から平成初期にかけて、若者たちのバイブルとなったのが、とんねるずの『ねるとん紅鯨団』です。

今でこそマッチングアプリでスマートに出会う時代ですが、当時はこの「ねるとん」が恋愛のすべてを教えてくれました。

「タカさんチェック!」で一喜一憂し、

「ちょっと待ったぁー!」という割り込み告白で盛り上がり、

「よろしくお願いします!」と手を差し出して、

「ごめんなさい」で砕け散り、走り去る敗者たち。

あの残酷かつコミカルな演出に、私たちは毎週釘付けになっていたのです。

お祭り騒ぎの元祖バカゲー番組!

3. 一般人が城攻め!?『風雲!たけし城』

続いては、全世界でリメイクされ続けている伝説のバカゲー番組、『風雲!たけし城』です。

ゲームのマリオブラザーズに着想を得て制作されたという噂の番組、まさにバカゲーですね!

谷隼人隊長の「行けー!」という号令とともに、数百人の一般人が難攻不落の城に挑む。

水鉄砲を撃ち合って水浸しになり、泥にまみれ、巨大な石(という名の発泡スチロール)に弾き飛ばされる。

特に「竜神池」での、沈む石をいかに見極めるかというあの緊張感。成功した時のヒーロー感と、失敗して泥水にダイブした時のマヌケ感のギャップがたまりませんでした。

日曜日の昼間から下ネタ炸裂!PTAもガン無視する長寿番組

4. プライバシーを切り売り(?)『新婚さんいらっしゃい!』

昭和の時代から令和まで、今だに続いている長寿番組、そう、『新婚さんいらっしゃい!』も忘れてはいけません。

桂文枝(当時は三枝)師匠が椅子から転げ落ちる「椅子落ち」。あれはもはや伝統芸能です。

日曜の昼間から、堂々とテレビで夫婦の夜の話をしているのに、問題にならないのは何故なのでしょうか笑

令和のSNS炎上も真っ青なプライバシーの切り売りですが、今だに「微笑ましい新婚風景」として受け入れられているのは奇跡と言えるでしょう。

ちなみに、ジジイがイエスノー枕の意味を知ったのは、大人になってからでした笑

SNSが無かった時代のスターの登竜門!

昭和の番組が面白かったのは、「自分もいつかテレビに出れるかもしれない」というワクワク感があったからではないでしょうか。

『スター誕生!』で中高生が人生を変え、『パネルクイズ アタック25』で物知りおじさんが海外旅行を勝ち取る。

SNSが無かったあの頃、今のYouTubeやインスタグラムのように、テレビが「見るもの」であると同時に、「自分もあの中に行けるかもしれない場所」だったのです。

昭和のあの頃、テレビはエンタメのど真ん中にいました。

そのせいか、一般視聴者がガムシャラにテレビに出演しようと頑張っていました。

「映りたい!」と必死だった子供たちも、今は立派な(?)おじさん・おばさん。

たまには、今の高画質な液晶テレビを消して、あの頃のザラついたブラウン管の中にあった、泥臭くて、欲深くて、でも最高に輝いていた昭和の景色を思い出してみるのも楽しいですね。

かっぱ隊長でした。

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