「テレビは叩けば直る」「チャンネルは回すもの」……そんなアナログな昭和を生き抜いた同志の皆さん、こんにちは。
今回は、私たちの鼓膜にこびりついて離れない、あの頃の「伝説の声」と「熱すぎる魂の歌」を独断と偏見で回顧します。
青いネコ型ロボットに喧嘩の神様? 昭和の「声」が作った伝説
昭和の「声」といえば、この方を抜きには語れません。そう、大山のぶ代さんです。
2005年にバトンタッチされるまで、私たちのドラえもんは間違いなく彼女でした。でも、ジジイ(失礼!)世代にとっての彼女は、単なる子守役ではありません。
実は若い頃、ハスキーボイスを武器に「悪役」や「江戸っ子キャラ」を演じ、さらには伝説の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』の脚本まで書いていた、という、超マルチな職人なんです。
- あのドラ声で「ぼくドラえもん」と言う前、実は初代サザエさんの「カツオ」だったって知ってました? 今思うと、磯野家から野比家への壮大な移籍ですよね。
- 『ハリスの旋風』の石田国松役で見せた、あの喧嘩っ早いトーンこそが大山さんの真骨頂。
- 有名な「ぼく、ドラえもん」というフレーズ。実は台本にはなく、大山さんがキャラを立てるために生み出したものだという説が有力。まさにキャラに命を吹き込んだ瞬間です!
そしてレジェンド声優がもう一人、地球……いや全宇宙の孫、野沢雅子さん!
鬼太郎、鉄郎、そして孫悟空。
ドラゴンボールで親子三役(悟空・悟飯・悟天)を同時に演じ、瞬時に声を切り替える姿は、もはや「界王神業」。
野沢さんの喉は、きっと地球の科学では解明できないサイヤ人の細胞でできているに違いありません。
喉から火が出る! アニソン界を支えた「三代巨匠」の咆哮
昭和のアニメは「音」も熱かった。当時は「アニソン」という言葉すら一般的ではありませんでしたが、そこには子供相手に一切手加減をしない本気の大人たちがいました。
アニソン界の「帝王」水木一郎さん
「ゼェーット!」の咆哮とともに、赤いマフラーをなびかせる姿が目に浮かぶ水木一郎さん。『マジンガーZ』や『バロム・1』など、数千曲に及ぶ楽曲を世に送り出しました。
水木さんの凄みは、その圧倒的な「熱量」にあります。喉をかき切るようなシャウトから、バラードで見せる包み込むような優しさまで、その歌声は常に「正義」の味方でした。彼が確立した「雄叫び」のスタイルは、アニソンを一つのパフォーマンス・アートへと昇華させたといっても過言じゃないでしょう!
アニソン界の「大王」ささきいさおさん
渋く、深く、そしてどこまでも響き渡る重低音。『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌を聴いて、背筋が伸びるような感覚を覚えた方も多いのではないでしょうか。ロカビリー歌手としてデビューしたささきさんは、その端正なルックスと「和製プレスリー」と称された抜群の歌唱力で、アニソンに「格調の高さ」をもたらしました。
『銀河鉄道999』で見せた哀愁漂う表現力は、子供向け番組の枠を超え、大人の鑑賞に堪えうる芸術性を証明しました。タキシードが誰よりも似合う、まさにアニソン界のジェントルマンです。
アニソン界の「女王」堀江美都子さん
12歳で『紅三四郎』を歌いデビューした堀江美都子さんは、まさに天才少女の名を欲しいままにしました。『キャンディ・キャンディ』や『花の子ルンルン』など、彼女の歌声は昭和の少女たちの憧れそのものでした。
透明感あふれるクリスタルボイスでありながら、芯の強さを感じさせる歌声は、時代の変化と共に成長するヒロインたちの心情を完璧に表現していました。今なお現役で輝き続けるその姿は、多くのアニソン歌手にとっての憧れの存在ですね。
このお三方に共通しているのは、マイクの向こう側にいる「子供たち」に対して、常にフルスイングで直球を投げ込んできたこと。その熱量があったからこそ、数十年経った今でもイントロを聴くだけで血が沸騰するのです。
昭和の音は「魂の削り出し」だった
振り返ってみると、昭和のアニメ界は「一流のプロたちが、全力で子供たちを本気で感動させにかかっていた」時代でした。
大山のぶ代さんの優しさ、野沢雅子さんの気合、そして巨匠たちの咆哮。
それらが混ざり合って、あの時代特有の、少しザラついていて、でも最高に輝いている「昭和アニメ」が作られていました。
今の高画質なアニメも最高ですが、たまにはノイズまじりのモノラル音声に耳を傾け、ちゃぶ台でカレーを食べたあの頃にタイムスリップしてみませんか?
皆さんの胸に刻まれている「昭和の声」は何ですか? かっぱ隊長でした。
昭和40年代生まれの何の取り柄もない爺いです。
関西出身の東京在住。
懐かしいもの、怖いものが大好き。

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