右手にカメラ、左手にスクープ。日本中をザワつかせた「写真週刊誌」という狂気

昭和文化
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皆さん、こんにちは。コンプライアンスという言葉が辞書になかった時代、昭和という荒野を生き抜いた皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

今回のテーマは、今なら即発禁、SNSなら一瞬で大炎上の「写真週刊誌」です。あの誌面が叩きつけてきた「あまりにも生々しすぎる現実」を、一緒に振り返ってみましょう。

「FOCUS」が持ち込んだ、今なら炎上もののリアリズム

昭和56年(1981年)に創刊された『FOCUS(フォーカス)』。この雑誌が日本人に植え付けたのは、単なる好奇心だけではありませんでした。もっとドロドロとした「野次馬の狂気」みたいなものです。

それまでの新聞やテレビには「一線」がありました。しかし写真週刊誌はその一線を軽々と飛び越え、土足で現場に踏み込んでいったのです。

今では信じられない衝撃写真の数々

今の若い世代がビックリして目が飛び出るかもしれませんが、当時の写真週刊誌にはモザイクも加工もない、生々しいスクープ写真が普通に掲載されていました。

  • 飛行機事故の惨状:1985年の日航機墜落事故。山中に散乱する機体の残骸とともに、現場の生々しい状況までが誌面に掲載され、日本国民に深刻な衝撃を与えました。
  • アイドルの悲劇:1986年、人気絶頂だったアイドル・岡田有希子さんの突然の死。現場に駆けつけたカメラマンたちが撮影した写真がそのまま誌面に掲載されたのです。彼女の姿を誌面に載せる編集部も、それを奪い合うように買って読む大衆も、今思えばどこか感覚が麻痺していたのかもしれません。

「報道の自由」という大義名分を盾に、彼らはレンズを向け続けました。それはもはや記録というより、読者の野次馬的な欲求を満たすための「見世物小屋」に近いものだったのでしょう。

24時間、誰かが狙われていた

芸能人のスクープを捉える「フライデーされる」という言葉は有名ですが、その舞台裏はまさに戦場でした。

パパラッチたちはゴミ箱を漁り、出前持ちに変装し、時には電柱の影で何日も張り込む。アイドルの自宅ゴミを分析して、食べているものから交際相手を割り出すなんて序の口でした。

当時は「スクープ一発で雑誌の部数が数十万部跳ね上がる」時代。カメラマンのシャッター音は、そのまま札束が舞う音でもあったわけです。

昭和を揺るがした「フライデー襲撃事件」

写真週刊誌を語る上で避けて通れないのが、1986年の「フライデー襲撃事件」です。ビートたけしさんと軍団の方々が編集部に乗り込んだあの騒動は、昭和のエネルギーが変な方向に爆発した象徴的な出来事でした。

当時のワイドショーは連日このニュースで持ちきり。しかし面白いのはここからです。そんな大騒動があっても、写真週刊誌の売り上げは落ちるどころか、むしろ「次は何を撮るんだ?」と世間の注目はさらに加熱していったのですから。当時の日本人は本当にタフ、というか野次馬根性が凄まじかったですね。

あの「狂気」が教えてくれること

令和の今、ネット上では「不謹慎だ」「不適切だ」とすぐに炎上が起きます。もちろん、個人の尊厳が守られる今の時代の方がいいに決まっています。

しかし、あの誌面に印刷された目を背けたくなるような写真や、絶望に暮れる遺族、そして醜聞にまみれた有名人の姿……。それらは間違いなく、当時の日本の「生の熱量」でもありました。

綺麗なものだけを見ようとする今と、汚いものまで飲み込もうとした昭和。どちらが良いとは一概に言えませんが、あの時代の「情報の重さ」を今の世代にも伝えたい気持ちはあります。昭和とは、そんな時代でしたね。

また次回の「昭和の闇」でお会いしましょう。

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