キョンシーが怖かった!昭和の子供たちを震え上がらせた「黄金の死体」の正体

昭和文化
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こんにちは、かっぱ隊長です。

「ピョンピョン跳びながら迫ってくる死体」——これが怖くなかった昭和の子供は、一人もいないと断言します。

そう、キョンシーです。

1985年(昭和60年)に香港映画「霊幻道士」が日本に上陸し、一大ブームを巻き起こしたあの恐怖の存在。

当時の小学生だったかっぱ隊長も、夜トイレに行けなくなった一人です笑

今日は、昭和の子供たちの夜を奪い去ったキョンシーについて、震えながら振り返ってみます。


目次

  • 1. キョンシーとはいったい何者なのか
  • 2. あのピョンピョンジャンプの理由
  • 3. お札一枚で動きが止まる謎
  • 4. 昭和の子供たちへの影響(実害)
  • 5. テンテンちゃんという「癒し枠」の存在
  • 6. キョンシーが教えてくれた異文化への好奇心

  • キョンシーとはいったい何者なのか

    キョンシー(僵屍)とは、中国の民間伝承に登場する「動く死体」です。

    西洋のゾンビやドラキュラに相当する存在ですが、見た目はかなり独特。

    清朝時代の官服(緑がかった古い役人の衣装)を着て、両手を前に突き出し、ピョンピョンと跳びはねながら移動する。

    このビジュアルが、当時の子供たちに絶大な恐怖を与えました。

    顔は青白く、目は虚ろで、牙がある。

    しかし動きがピョンピョンなので、どこかシュールでもある笑

    怖いんだけど笑える。笑えるんだけど怖い。このなんとも言えないバランスが、キョンシーブームの秘密だったのかもしれません。


    あのピョンピョンジャンプの理由

    キョンシーがピョンピョン跳ぶのには、ちゃんと理由があります。

    中国の伝承によると、キョンシーは死後硬直で体が固まっているため、膝が曲げられない。

    だからまっすぐな足で跳びはねるしか移動手段がないのです。

    なるほど理にかなっている……かどうかは置いておいて、この設定が絶妙でした笑

    走って追いかけてくるゾンビより、なぜかピョンピョン跳んでくるキョンシーの方が怖い。

    「逃げれば追いつかれないはずなのに、なぜか追いつかれる」というホラー映画の法則そのままです。

    豆知識ですが、キョンシーは息を止めると気配を感じられなくなるという設定もありました。映画を見た子供たちが、暗い廊下で息を止めながら歩いた、なんてエピソードは全国共通だったはずです笑


    お札一枚で動きが止まる謎

    キョンシーの弱点として有名なのが「霊符(お札)」です。

    額にお札を貼ると、キョンシーはピタッと動きを止める。

    この設定、子供心に「え、お札一枚でいいの?」という疑問を持ちましたが、それがまたキョンシーの魅力でした。

    他にも、鶏の鳴き声、糯米(もち米)、桃木の剣などが弱点とされていました。

    昭和の子供たちは「キョンシーが来たらもち米を撒けばいい」という謎の知識を全員持っていたわけです笑

    これは完全に実用性ゼロの情報ですが、当時は大真面目に「覚えておかなければ」と思っていました。


    昭和の子供たちへの影響(実害)

    キョンシーブームが昭和の子供たちに与えた実害は計り知れません。

    まず夜のトイレ問題。暗い廊下でキョンシーを想像してしまい、走ってトイレに駆け込む子供が全国で続出。

    次に「息止めごっこ」問題。キョンシーは息のある人間を感知するという設定から、廊下で息を止めて歩く遊びが流行。過呼吸になった子供も笑

    そして「腕を前に出してピョンピョン歩く」ものまね問題。これは授業中にもやる子がいて、先生を困らせました。

    大人になった今でも、真っ暗な廊下でふとキョンシーを思い出すことがある。

    あれは本当にトラウマ製造機でした笑


    テンテンちゃんという「癒し枠」の存在

    キョンシーブームを語るうえで忘れてはいけないのが、「霊幻道士」シリーズに登場する子供キョンシー「テンテン」です。

    こちらはかわいらしい子供の姿で、主人公たちと一緒に行動する味方キョンシー。

    怖いキョンシーに、かわいいキャラクターを加えることで、子供向けコンテンツとしての幅が一気に広がりました。

    テンテンのぬいぐるみや文具が飛ぶように売れたのも、昭和のブームの証拠です。

    「怖いだけじゃない」——このバランス感覚が、キョンシーを社会現象にまで押し上げた要因だったと、かっぱ隊長は分析しています(異論は認めます)。


    キョンシーが教えてくれた異文化への好奇心

    振り返ってみると、キョンシーブームは昭和の子供たちに「香港・中国文化」への扉を開いてくれた出来事でもありました。

    「なぜ清朝の服を着ているのか」「中国のお化けはなぜお札で止まるのか」——そんな疑問が、子供たちの異文化への好奇心を育てたのです。

    怖いものへの興味が、文化への関心につながる。

    キョンシーは、昭和の子供たちにとって最高の「異文化入門」だったのかもしれません。

    あの恐怖と興奮は、今も色あせることなく昭和の記憶の中に生き続けています。

    皆さんはキョンシー、怖かったですか?

    かっぱ隊長でした。


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