最高気温が30度を超えただけで「猛暑だ」と騒いでいた、あの頃の夏。
僕らの全財産はポケットの中の100円玉ひとつ、主戦場はクーラーのない駄菓子屋の冷凍庫でした。
スマホのガチャより熱く、宝くじより真剣だった「当たり付きアイス」との死闘を語り尽くしたいと思います。
氷菓の身分制度(カースト)と、憧れの「茶色い貴族」
昭和の夏の空気を覚えていますか? アスファルトではなく土の匂いが混じった熱風。ランニングシャツ(断じてタンクトップではない!)の背中に張り付く汗。そんな僕らにとって、駄菓子屋の冷凍庫はまさに「エルドラド(黄金郷)」でした。しかし、そこには厳然たる「アイス格差社会」が存在していたのです。
まず、我々庶民の味方だったのが「10円」階級。
着色料をこれでもかとブチ込んだ、凍らせただけの謎の果汁(風)ジュース。細長いチューブ型で「チューペット」や「チューチュー」と呼ばれたあのアイスです。チューブの底に溶けて溜まった果汁を、必死で吸い尽くした経験は誰にでもあるはずです。
次に「30〜50円」前後の中流階級。
ここでようやく「当たり付き」というギャンブル要素が加わります。バニラのホームランバーや、チョコやソーダといった色んな味のバーアイス。このクラスになると、単なる水分補給ではなく「投資」の意味合いが強くなります。
そして、頂点に君臨するのが「100円以上」の貴族階級です。ブルジョワにしか許されない贅沢の極致なのであります。
特に「レディーボーデン」が出現した日には、もはや村祭りが開催されるレベルの騒ぎでした。あの丸い、茶色の大きなカップ。スプーンですくう時の「ねっとりとした抵抗感」。お中元で届いたそれを一人で抱えて食べるのが、当時の全小学生の野望でした。「大人になったらレディーボーデンをワンホール食いしてやる」……あの頃の僕にとって、レディボーデン一気喰いは成功者としての夢だったのであります。ちなみにこの夢はまだ叶っていませんが泣
ちなみにレディーボーデンはアメリカから1971年に日本に上陸。当時は950mlという巨大サイズが主流で、価格もアメリカンサイズ、950円!庶民には高嶺の花。まさに昭和の「キング・オブ・アイス」だったのです。
伝説の狂気「立たされん坊」と、ピックに隠されたデータマイニング
そんな中、僕らギャンブラーたちが命を懸けたのが「当たり付き」です。
特に伝説として語り継がれているのが、カネボウから発売されていた「立たされん坊」です。
このアイス、何がすごいって、当たりの設定が完全に狂っていました。
通常の当たり付きは「もう1本」が相場。しかし、立たされん坊には「2本当たり」、さらには狂気の「3本当たり」が存在しました。1本買っただけで、合計4本のアイスを手にすることになる。
「おばちゃん、3本当たった!」と叫ぶ時、その少年の顔はもはや勝者を超え、神に選ばれし者の後光が差していました。同時に、「ここで運を使い果たして、明日死ぬんじゃないか?」という、子供心に恐ろしいほどの幸福感。昭和のメーカーの太っ腹さには、脱帽するしかありません。
そして、現代も愛される「ピノ」にも、かつては射幸心を煽る仕掛けがありました。
今の「星型ピノ」なんて、現代のロマンチックな演出に過ぎません。昔のピノは、フタの裏に「当たり」と書いてあれば、丸ごと一箱プレゼントという、今の宝くじも真っ青なガチンコ勝負だったのです。
さらに、ピノに付属するあの「ピック」。実は番号(1〜72番など)が振られているのをご存知ですか?
「今日の運勢は32番……ラッキー!」などと一喜一憂していたあの遊び。あれこそ、ビッグデータもAIもない時代に、森永乳業が我々子供に植え付けた「数字による運命診断」という、現代のデータマイニングの先駆けだったに違いありません。
駄菓子屋の防衛戦と、僕が見つけた「ホームランバー攻略法」
当時、当たりを引き当てるために、僕らはありとあらゆる「攻略法」を編み出しました。
「霜が多く付いているやつは、製造ラインで長く留まって乾燥したから当たりだ」
「箱の右奥から3番目が当たりの定位置だ」
「補充したての箱は、メーカーが宣伝用に当たりを固めている」
真夏の炎天下、冷凍庫の蓋を全開にして、肩まで腕を突っ込んでガサゴソと「選別」を行う。
すると、奥からおばちゃんの「コラ! 溶けるだろ! 早くしな!」という怒号が飛んでくる。そこまでが、昭和のアイス選びにおけるお約束でした。
ここで、当時の僕が信じていた「ホームランバー」のマル秘攻略法を伝授しましょう。
日本初の当たり付き棒アイス(1960年誕生!)であるホームランバーですが、棒の持ち手のあたりをよく見ると、たまに「横一文字の溝」の位置が、他の棒とコンマ数ミリずれているものがあったのです。
「これは、製造工程で『当たり』の刻印を打つ時に生じる誤差に違いない!」
そう確信した僕は、溝の位置を必死に目視で確認し、その「ズレたやつ」を狙い撃ちしました。結果、ハズレを引くことも多々ありましたが(笑)、あの「自分で法則を見つけた」という万能感こそが、昭和キッズの(浅)知恵だったのです。
当たり付きアイスの終焉
最近では、衛生上の理由(ベロベロ舐めた棒を店に持ってくるなという現代の衛生観念、特にアフターコロナの世の中では厳しい!)や、景品表示法の厳格化により、この「その場でもう一本」という文化は絶滅しかけています。
確かに今の高額アイスは、どんどん美味しく進化しています。
でも、当たって欲しいというあのドキドキ感、食べた後に現れる「あたり」の焼印。
あの瞬間、脳内にドバドバと溢れ出したアドレナリンは、今の僕らがいくらお金を払っても買えない、最高の贅沢だった気がします。
ベトベトの棒を握りしめて駄菓子屋へ走った、あの夏の日々。
皆さんの「必勝法」は何でしたか?
かっぱ隊長でした。
昭和40年代生まれの何の取り柄もない爺いです。
関西出身の東京在住。
懐かしいもの、怖いものが大好き。


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