昭和という時代、お腹も膨れないのに、やたらとガムを噛んでいたのは何故なんでしょうか笑
最近のガムといえば「歯を丈夫にする」とか「集中力を高める」とか、やたらと機能性ばかりが強調されていますが、あの頃のガムはもっと自由で、もっと毒々しくw、そしてもっと「夢」が詰まっていた気がします。
今回は、まだグミが無かった時代、昭和の子供たちの顎を鍛え、時には人生の厳しさを教えてくれた「昭和ガム伝説」を回顧してみましょう。
駄菓子屋のガムというギャンブル
まず語らねばならないのは、駄菓子屋の店先に鎮座していた、ボタンを推すと違う色のガムが出てくる、10円で引けるあの箱の「当たり付きガム」です。
しかし、決してガムを食べたくて引く訳では無いのです。当たりを引きたいから引くのです。
子供にギャンブルの魅力を教えているのか、それともギャンブルの恐ろしさを教えているのか、とにかく駄菓子屋のくじ付きガムを食べまくっていました。
さらに10円の当たり付きガムと言えば、マルカワの当たり付きガムも忘れてはいけません。マルカワ製菓さんは、他にもフェリックスガムが有名ですね。
オレンジ、イチゴ、グレープ、鮮やかな色の丸いガムが4つ入った小さな箱。
あのガム、最初の1分は天国のような甘さですが、3分経つと消しゴムを噛んでいるような無味無臭の物体に変わるんですよね。あの「甘さの賞味期限の短さ」こそが、昭和の刹那的な美学だったのかもしれません。
型抜きが楽しい!遊びとお菓子が合体したガム
昭和キッズを夢中にさせたのは、当たり付きだけではありません。そう、おもちゃ付きガムも大人気でしたね。その中でも、スボロガム(江崎グリコ)は革命とも言える商品!
箱の半分はおもちゃが、もう半分はガムが入っていましたが、何が革命的って、そのガムで車や動物の型抜きがして遊べたという 1つで2度美味しいガムでした。
だがしかし、よくよく考えてみてください、奥さん!
あの頃、口酸っぱくオカンに言われませんでしたか?『食べ物で遊んじゃいけません!』と。
なんであの頃、スボロガムだけは、オカンに何も言われなかったのか?
そう、これは昭和の七不思議の1つとして語り継がれる訳であります。
憧れの「ロッテ板ガム」は大人の階段
駄菓子屋のガムが子供の遊びなら、ロッテの板ガムは、背伸びしたい年頃のステータスシンボルだったのです。
• クールミントガム: あのペンギンのパッケージ。子供にはまだ早い「辛さ」と「スースー感」。
• コーヒーガム: コーヒー牛乳と並び、子供がコーヒーを嗜む登竜門。
• クイッククエンチ: あの強烈なレモンの酸っぱさ!部活帰り、あれを噛むだけで疲労が回復すると信じ込んでいたw
その他、グリーンガム、スペアミント、ジューシー&フレッシュ、梅ガム、ブルーベリー、ブラックブラック、eve、フラボノ、青りんご、夏みかん。
残念な事に、あの頃、ガム売り場で当たり前に販売していたガム達の多くが販売終了していたんですね。寂しい限りです。
ちなみに、ジジイはガムを噛みながら、包み紙で鶴を折るまでがセットでした。
大人になった今では、ガムを食べることはほとんど無くなりましたが、昭和を思い出すと、なんかいつもガム食べてたなー、と思うわけです。というわけで、次回も、大好きだったガム達を思い出してみたいと思います。
かっぱ隊長でした。
昭和40年代生まれの何の取り柄もない爺いです。
関西出身の東京在住。
懐かしいもの、怖いものが大好き。


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