昭和のテレビは「一般人」が主役だった!?その1

昭和のテレビ
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こんにちは、最近はYouTubeばかり見ているかっぱ隊長です。

現在では、テレビがオワコンと言われ、みんなスマホとにらめっこばかりしていますが、

昭和の茶の間、あの頃テレビは娯楽の主役で、ブラウン管から放たれる独特の熱気がありました。

現代の「テレビ離れ」なんて言葉はどこ吹く風、今回はあの頃、テレビという魔法の箱が大人気だった頃を思い出してみましょう。

後ろの百太郎も真っ青!?ニュース中継をジャックした昭和の子供たち

最近、テレビの街頭インタビューをしようとしても「肖像権が…」とか「SNSで晒されるから…」と、みんなサッと逃げてしまう、という話を聞きました。

今の子供たちは賢くてスマートですが、昭和の我々「鼻垂れキッズ」は、そんな知性とは無縁の生物でした。

当時は、近所の警察署や駅前でニュースレポーターがマイクを握ろうものなら、そこは一瞬にして地獄と化しました。

「おい!テレビカメラが来てるぞ!」

その号令一つで、半径1キロ以内のガキ共がマッハの速度で集結。レポーターが真剣な顔で事件の続報を伝えている背後で、阿修羅のごとくうごめくピースサインの群れ。

カメラのフレームに1ミリでも多く自分をねじ込もうと、変顔を繰り出し、時には意味不明な動きを披露する。

「迷惑」という概念を一切持たず、やりたい放題のその姿は、今なら放送事故レベルです。

しかし、当時は「活気ある風景」としてお茶の間に流れていたのですから、おおらかな時代だったものです。

当時のカメラは、今のデジタルカメラと違って非常に大きく、録画機材も別々に持ち運ぶ必要がありました。バカでかい重厚な機材を抱えた大人が必死に仕事をしている後ろで、鼻を垂らした子供が Vサインをしている図。まさに、昭和という時代の「カオス」を象徴する絵面と言えるでしょう。

豪華賞品とハワイ旅行!大人たちがガチで挑んだ「視聴者参加番組」の黄金時代

子供たちが「ただ映りたい」という純粋(?)な承認欲求で動いていたのに対し、大人たちはもっとシビアで、もっと欲望に忠実でした。昭和のテレビを彩ったのは、なんといっても「視聴者参加型番組」の数々です。

彼らの目的は、画面に映ることではありません。その先にぶら下がる「ハワイ旅行」であり、「100万円」であり、あるいは「贅沢品」だったのです。

• 『クイズダービー』:大橋巨泉さんの軽妙な司会、クイズに答えるのではなく、クイズで正解する人に賭けるという独特なシステムでしたね。

一発逆転を狙う時は、『篠沢教授に全部!」がお約束でした。

• 『クイズタイムショック』:1分間で12問。答えられないとくるくる回る椅子は、ある意味拷問。

『今、何問目?』という問題は、今思うと手抜き以外の何物でもないw

• 『アップダウンクイズ』:正解するとゴンドラが上がっていく、結構高くて怖そう。勝者はハワイ旅行!

• 『100万円クイズハンター』:高額商品を奪い合う、欲望に塗れた大人達のガチバトル。

当時は今ほど娯楽が多くなく、給料も右肩上がりでしたが、それでも「テレビに出て一攫千金」は庶民の最大の夢でした。

昭和のテレビは単なる機械ではなく、出演する人にも観る人にも夢を見させてくれる、家族の団らんの「中心」でありましたね。

まだまだ忘れられない番組が山ほど浮かんできます。次回ももう少し忘れられない番組を思い出してみましょうか。

かっぱ隊長でした。

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