スマホ一つで、あらゆる「刺激」にアクセスできる現代。しかし、かつての昭和キッズたちは、その「秘宝」を手に入れるために泥にまみれ、山を越え、命がけの冒険を繰り広げていたのです。今回は、昭和の風景に欠かせなかった「裏山の落ち落ちエロ本」というミステリーと、今や絶滅危惧種となった「Hな昭和遺産」について、愛と敬意を込めて振り返ります。
裏山は宝庫だった!昭和キッズと「紙の秘宝」を巡るミステリー
昭和40年代から50年代にかけて、私たちの遊び場は100%「外」でした。
1983年に任天堂がファミリーコンピュータを世に送り出し、子供たちが友達の家に集まって「ピコピコ」やり始めるまでは、放課後のメインステージといえば、近所の空き地、ドブ川、そして「裏山」と決まっていたのです。
当時の装備は至ってシンプル。その辺に落ちている「ちょうどいい太さの枝」を拾い、それを伝説の剣エクスカリバーのごとく振り回しながら、草むらをかき分けて進む。ただそれだけです。しかし、そんな修行のような散策の最中、時として私たちは「聖典」に遭遇することがありました。
そう「捨てられたエロ本」です。
しかし、ここで一つの大きな謎が浮上します。なぜかこれらのお宝は、決して完全な状態では姿を現さないのです。これぞ、現代科学でも解明できない「昭和・裏山の七不思議」の一つと言えるでしょう。
1. なぜかバラバラ事件: 1冊丸ごと落ちていることは稀。たいてい、もっとも肝心なページが数枚、無造作に散らばっている。
2. なぜか水没・フヤフヤ状態: 昨晩の雨のせいか、はたまた「あえてそうした」のか。紙がふやけて隣のページと癒着し、無理に剥がそうとすると破れるという、あまりにも残酷な仕様。
3. なぜか「核心部分」だけ見当たらない: 「他のページはどこだ!」と血眼になって周囲を捜索するも、絶対に見つからない。まるで誰かが意図的に隠蔽したかのようです。
大人になった今ならわかります。あれは、自宅でコッソリ読んでいたお父さんや兄貴たちが、奥さんや母親に見つかるのを恐れ、苦渋の決断で「山に還した」結果だったのでしょう。捨てに行くときの彼らの背中には、哀愁が漂っていたに違いありません。
さらに、山にはエロ本以外の「不純な遺留品」も落ちていました。
ボロボロになった女性用のストッキングや、片方だけのサンダル……。鼻水を垂らしたアホの子だった私たちは、それが何を意味するかなど知る由もありません。しかし、そこには確かに「大人の事情」の淫靡な香りが漂っており、私たちは説明のつかない興奮に包まれ、「ここで何かヤバイ儀式があったに違いない!」と、勝手な妄想を膨らませていたものです。
職場にはヌード、土産にはギミック。昭和を彩った「Hな実用品」たち
さて、昭和の「Hなモノ」は、何も裏山にだけ隠されていたわけではありません。驚くべきことに、当時はかなり「大っぴら」に存在していました。
その筆頭が、酒屋や町工場の事務所に必ずといっていいほど飾られていた「ヌードカレンダー」です。
現代のコンプライアンス重視の社会では、一発でレッドカード退場ものですが、当時はそれが「働く男たちの活力源」として公然と認められていました。しかも、モデルの多くは金髪の外国人女性。日本男子の「金髪美女への根源的な憧れ」は、間違いなくあのカレンダーによって英才教育されたものだと言っても過言ではありません。
そういえば、旅行のお土産にもありましたね。昭和の国内旅行のお土産といえば「ペナント」や「提灯」が定番でしたが、海外旅行(あるいはちょっとした出張)のお土産として重宝されたのが、通称「ヌードペン」です。
正式名称は「フロートペン」と言い、1940年代にデンマークのESKESEN社が開発した歴史あるアイテムです。ペンを逆さまに傾けると、黒い水着の部分がスルリと移動し、中からヌードが現れるという画期的な(?)ギミック。この単純かつ破壊力のあるおもちゃを、当時の紳士たちはニヤニヤしながら配っていたのです。
ちなみに、このフロートペン、実は現在もデンマークで作り続けられており、立派なコレクターズアイテムになっています。エロだけでなく、観光地の景色が動くものなどバリエーションは豊富ですが、やはり昭和のおじさんたちが一番目を輝かせたのは「服が脱げる」タイプだったのでしょう。
他にも、「ヌードトランプ」など、昭和の時代は「性的好奇心」と「実用品」が不思議な形で同居していました。今思えば、なんと大らかで、なんと不謹慎で、なんと人間味あふれる時代だったことでしょうか。
不便で、不謹慎で、滑稽で、そしてとても懐かしいあの時代
時代の流れとともに、裏山から「聖典」は消え、事務所からカレンダーは撤去され、お土産にヌードペンを贈る人もいなくなりました。
女性や子供への配慮、そしてコンプライアンス。それらが守られるようになったのは素晴らしいことですが、その一方で、指先一つで高画質な動画が見られる現代の子供たちは、私たちが裏山の草むらで見つけた「ふやけた1ページの紙切れ」に感じた、あの爆発的なドキドキ感を知ることはありません。
不便で、不謹慎で、でもどこか滑稽だったあの頃。
次にどこかの裏山を歩くときは、枝を一本拾って、かつての「秘宝」の残影を探してみようかと思います。もちろん、見つけたとしても、もう持ち帰ったりはしません。それは、昭和という時代が残した、淡い青春の忘れ物なのですから。かっぱ隊長でした。


コメント