昭和の子供映画事情〜VS(対決)なのに共闘!?昭和の市民会館と「まんがまつり」の謎を追え!

ゴジラ

昭和の頃、地方の子供たちにとって「市民会館」や「公民館」は、決して小難しい行政手続きに行く場所ではありませんでした。そこは、選挙の演説会か、お年寄りの敬老会、それ以外では――我ら子供たちの夢が爆発する「映画上映会」の聖地だったのです。

シネコン?そんなもの昭和にはありません!

今や映画館といえば、ふかふかのシートにドリンクホルダー、最新の音響システムを備えたシネコンが当たり前。都市部以外の地方でも大型ショッピングモールに行けばシネコンがあり、買い物ついでに最新作が観られる便利な時代です。

しかし、昭和の地方都市を舐めてはいけません。現在のようにシネコンなんかありませんから、映画館そのものが絶滅危惧種並みに少なく、あっても「大人の社交場」だったりしました。

当時の映画館と言えば、劇場の外には手書きの大看板を掲げ、大箱で一日中、同じ映画を繰り返し上映していましたね。そして多くの場合、繁華街にあるわけで、地方の田舎に住む人には、映画を見に行くというのは、その日1日を費やして、電車に乗って繁華街にお出かけする一大イベントだったわけです。昭和の映画館はそんな状況ですから、市民会館や公民館の上映会は、清廉潔白かつ最大級の娯楽でした。

映画一つ見るのも大変な時代でしたから、学校の正門前で、怪しげ……もとい、優しそうなおっちゃんが配ってくれる「優待券」。そこに踊る「○月○日 市民会館にて映画会開催!」の文字。それを受け取った瞬間、カッパ少年の脳内ではすでにファンファーレが鳴り響いていました。

「東映まんがまつり」の異常なコスパと、大人の事情

当時のカッパ少年の地元で上映されていたのは、もっぱら『東映まんがまつり』や『ゴジラ』シリーズ。

特に『東映まんがまつり』は凄まじいシステムでした。一本の映画をじっくり観るのではなく、30分前後のアニメや特撮を4〜6本くらい詰め合わせにするという、いわば「映像の幕の内弁当」状態。

実はこの興行、最初は「東映こどもまつり」という名前でした。それが1969年から「東映まんがまつり」に定着。なぜ短編の詰め合わせなのか? それは当時の子供たちの「集中力が30分しか持たない」という分析に基づいた戦略……という説もありますが、ぶっちゃけ「テレビの人気番組をちょっと豪華にしてまとめて流せば、子供は喜んで映画館に来るぞ!」という、大人の商魂が生んだ最強のコスパ興行だったわけです。

入場料は数百円。親から渡された小銭を握りしめ、友達とチャリンコを飛ばして会館へ向かう道中の高揚感といったら!会場に入れば、椅子なんてありません。冷たくて硬い床にゴザが敷いてあるだけ。そこに子供たちがひしめき合い、みんな並んで座るのです。お尻が痛い? そんなの関係ありません。照明が落ち、映写機のカタカタという音が響いた瞬間、そこは宇宙であり、戦場であり、魔法の世界に変わるのですから。

「対決(VS)」という名の盛大な釣り

さて、ここで昭和キッズが全員通った「疑問」に触れなければなりません。

当時のタイトルには、やたらと「VS(対決)」の文字が躍っていました。

• 『マジンガーZ対デビルマン』

• 『グレートマジンガー対ゲッターロボ』

子供たちは色めき立ちます。「えっ!マジンガーZとデビルマンが戦うの!?」「光子力ビームとデビルカッター、どっちが強いんだよ!」と、上映前から近所の公園で激論を交わすわけです。

しかし、いざ蓋を開けてみると……。

序盤:ちょっとした勘違いや行き違いで、小一時間(正確には5分くらい)小競り合い。

中盤:お互いの実力を認め合う。「……貴様、やるな」「お前もな」。

終盤:共通の強敵(悪の軍団)が現れ、肩を組んで共闘。

「おいおい!ガチンコで戦わないんかーい!」

今ならネットで「タイトル詐欺」と叩かれかねない展開ですが、昭和の子供たちは寛容でした。「ダブル必殺技かっこいいー!」と一瞬で手のひらを返し、最後は満足して帰るのです。結局、ヒーロー同士が本気で殴り合う姿なんて、見たくなかったのかもしれませんね。

ゴジラとミニラ、そして「お母さん」の謎

一方で、怪獣映画の雄『ゴジラ』はガチンコでした。

最初はあんなに怖かったゴジラも、シリーズが進むにつれて「人類の守護神」へとキャラ変していきます。その象徴が、1967年に登場したミニラです。

ここでカッパ少年は深刻な疑問にぶち当たります。

「ミニラのお母さんは誰なんだ……?」

実は設定上、ゴジラは「単為生殖」ができるとか、ミニラは実の子ではなく「同じ種族の卵をゴジラが保護しただけ」とか諸説あります。要するに、最初からお母さんはいない(設定されていない)のであります。実際、ミニラは卵から産まれてきた事以外は、公式にはお母さんについて発表されたことは一度もありません。ミニラの卵を産んだのは一体誰なんでしょうね笑

そんな大人の設定は露知らず、劇中でミニラがゴジラに「しごかれる」シーンを見ながら、「厳しいお父さんだなぁ」なんて同情したりして。いつの間にか、シェーをしたり空を飛んだりするゴジラを見て、「なんで人類のために戦ってくれるんだ?」という理屈はどうでもよくなります。怪獣がプロレスをして、最後にゴジラが勝てば、それでオールOKだったのです。

夏休みの朝は「まんが大会」が目覚まし時計

そして、昭和の長期休みに欠かせなかったのが、朝のテレビアニメ再放送です。

夏休みや冬休みになると、午前10時くらいから「夏休みまんが大会」的なタイトルの枠が必ずありました。

• 『一休さん』

• 『怪物くん』

• 『あさりちゃん』

• 『トムとジェリー』

これ、不思議ですよね。すでに何度も再放送で観ているんです。それでも、「どうせ暇やしな」とチャンネルを合わせると、気がつけば正午のニュースまでガッツリ観てしまう。

当時はビデオデッキが普及し始めたばかりで、録画なんて高級なことはできません。「今、この瞬間に観る」。そのライブ感こそが重要でした。

たとえ画面に「ノイズ」が降っていても、気にしないで観るのが昭和スタイル。『気にしない、気にしない』と一休さんばりに気にしなかったわけです。というかノイズなんかアナログ時代は入っていて当たり前でしたからね。

不便だからこそ、心に刻まれるもの

市民会館の硬い床で、知らない子と肩をぶつけ合いながら観た映画。

夏休みの朝、麦茶を飲みながら畳の上で転がって観た再放送。

今思えば、今の4K映像や配信サービスに比べれば、画質は荒いし、音は割れているし、環境としては劣悪だったかもしれません。でも、そこには「みんなで同じ熱狂を共有する」という、圧倒的な体験がありました。

便利になった現代では味わえない、少し不便で、少し雑で、だけど最高に熱かったあの時間。

市民会館の映画会と、長期休みのアニメ再放送は、間違いなく昭和の子供たちの血肉となり、想像力の源泉となっていたのです。

カッパ隊長でした。それではまた!

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