矢追純一UFOスペシャル~あのテーマ曲、なんか怖かったですよね

UFO

昭和の茶の間を震撼させ、子供たちの安眠を妨害し、かつ未知への扉を強引にこじ開けた伝説の番組……そう『矢追純一UFOスペシャル』です!

スマホもネットもない時代、私たちはテレビの中の「未確認飛行物体」に地球の危機感じていました。今回は、オカルトブームの教祖・矢追氏が作り上げた、あの熱狂的な世界を振り返ります。

♪テレレー!の戦慄と、謎のディレクター「矢追純一」の正体

こんにちは、こんばんは、カッパ隊長でございます。

昭和という時代を振り返ると、なぜあんなにも我々はテレビの前で正座し、食い入るように画面を見つめていたのでしょうか。プロレス、歌番組、そして……「UFO」です。

あの頃、特定の時間が来ると全国の茶の間から悲鳴に近い興奮が沸き起こりました。

♪テレレー、テレテレレー……。

この忘れられない印象的なジングルが流れた瞬間、カッパ少年の背筋には電流が走り、知的好奇心と正体不明の恐怖で心拍数は限界突破するのです。

このジングルは、米ドラマ「The Twilight Zone」のテーマ曲を元にバディ・モロー楽団が演奏し、「ダブル・インパクト」というアルバムに収録した「ミステリーゾーン」という曲なのですが、当時の日本国民にとっては「矢追純一がUFOの不思議話を紹介に来る合図」として刷り込まれていました。

ここで少し、主役である矢追純一氏についておさらいしておきましょう。

彼はタレントではありません。日本テレビの社員、つまり「裏方」のディレクターでした。それなのに、番組タイトルに自分の名前を冠する「矢追純一UFOスペシャル」という暴挙……いえ、快挙。

今で言えば、テレビ番組のスタッフがインフルエンサーとして神格化される先駆けのような存在です。

矢追氏の凄さはUFOだけではありません。スプーン曲げで一世を風靡したユリ・ゲラーを日本に紹介したのも彼。

人間とチンパンジーの混血、ヒューマンジーと嘯いて来日したオリバー君(結局はちょっと賢いチンパンジーだった笑)を紹介したのも矢追氏だったんです。

70〜80年代のオカルトブームの裏には必ずと言っていいほど、あの「怪しげ(失礼!)で知的な微笑み」を浮かべた矢追氏の影があったのです。

当時の矢追氏は、まさに「見えない世界の広報部長」。彼が「宇宙人はいます!」と言えば、翌日の小学校の休み時間はその話題で持ちきり。まさに時代を動かしたフィクサーだったのです。

エリア51にキャトルミューティレーション…カタカナ用語が彩る恐怖の博覧会

さて、番組の内容を思い出してみましょう。

矢追氏の口から飛び出すのは、それまでの日本人が聞いたこともないような禍々しくも魅力的なカタカナ用語のオンパレードでした。

• グレイ型宇宙人:大きな黒い目に、ひょろりと細い体。今でこそ宇宙人のスタンダードですが、これを日本に定着させた功績は絶大です。 

• アダムスキー型円盤:あの、ちょっとレトロな電気の傘みたいな形。

• アブダクション:宇宙人による誘拐。寝ている間に連れ去られ、おでこにチップを埋め込まれるという話がありました。

• キャトルミューティレーション:家畜が謎の死を遂げ、内臓だけが綺麗に抜き取られる怪事件。「次は人間か?」という恐怖が日本中を支配しました。

• MJ-12(マジェスティック・トゥエルブ):アメリカ政府が隠す宇宙人対応の秘密組織。この響きだけで、中二病を先取りした少年たちはシビれたものです。

さらに、番組の演出がまた「確信犯」でした。

海外の体験者のインタビューでは、英語の音声が微かに聞こえる上から、やけに深刻そうな声優さんの吹き替えが被さります。

「私は……あの日、光に包まれたのです……(エコー)」なんて言われた日には、疑う余地などありません。

また、謎の金属片や、ボヤけた写真、手ブレのひどいVTR。今の4K映像に慣れた世代が見れば「作り物では?」「気のせいでは?」と言われそうな代物でも、当時は矢追氏の「これを見てください、信じられますか?」という煽り一発で、国家機密級の証拠に見えてしまったのです。

ここでちょっとした雑学を。

実は矢追氏、あまりにもUFOを追いかけすぎて、アメリカのエリア51(秘密基地)周辺で本気で拘束されかけたり、取材車が謎の尾行をされたりといったエピソードも事欠きません。演出だと言ってしまえばそれまでですが、彼自身が「命をかけて怪しんでいる」というスタンスを貫いたからこそ、番組には圧倒的なリアリティが宿っていたのでしょう。

「嘘か真実か」なんて、現代的なファクトチェックを持ち出すのは野暮というもの。

後の「信じるか信じないかは、あなた次第」という精神構造は、すでにこの時、矢追純一という男の手によって完成されていたのです。

昭和の夜空は、今よりもずっと広くて、深かった気がします。

街灯は少なく、スマホの画面を見つめる代わりに、私たちは首が痛くなるまで星空を眺めていました。あの星のどこかに、矢追さんが言っていた「彼ら」がいるのではないか……。

矢追純一UFOスペシャルは、単なるバラエティ番組ではありません。それは、科学では説明できない「未知」に対する畏怖の念と、宇宙へのロマン、そしてちょっぴりの悪ふざけが混ざり合った、昭和ならではの「壮大な文化遺産」だったと言えるでしょう。

ネットで検索すれば、数秒で「あれは気球でした」と正体が分かってしまう令和の時代。

便利にはなりましたが、少し寂しい気もします。

真実かどうか怪しい事でも全力で楽しむ、そこが昭和の良さだったんじゃないでしょうか。

さて、ジジイも今夜は久しぶりに夜空を見上げてみましょうか。

もしかすると、不思議な動きをしている謎の発光体を見つけるかもしれませんね……

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