こんにちは、こんばんは。令和の時代を泳ぎ続ける絶滅危惧種、カッパ隊長でございます。
みうらじゅん氏が「ゆるキャラ」という言葉を生み出し、現在では、ふなっしーを筆頭に、自治体や企業、イベント会場まで、日本中がゆるキャラだらけになりました。
ですが、ジジイは思うのです。ゆるキャラは、平成・令和に突然生まれたものではない。すでに昭和のテレビには、完成度の低さと勢いだけで押し切る、今で言うところの「原始的ゆるキャラ」が、普通に存在していたのです。
クチバシの位置がおかしい?朝から全開、昭和のカオスな仲間たち
まず語らねばならないのは、私の親戚(?)でもある『ママとあそぼう!ピンポンパン』のカッパのカータンです。
歌のお姉さんに体操、そして謎の寸劇。まさに朝から煮込みすぎた闇鍋のような番組でしたが、その中でもカータンの異彩ぶりは群を抜いていました。
何せ、目とクチバシの位置がどう見ても「設計ミス」レベルでズレている。今のコンプライアンス厳しい時代なら、検品段階ではねられるレベルです。当時は専用スタジオではなく、手作り感満載の着ぐるみが平然と全国放送されていました。
当時の着ぐるみは、今のように専門スタジオで作られるものではなく、舞台用やイベント用の流用、もしくは手作りに近いものも多かったそうです。結果、何かおかしなバランスのビジュアルの着ぐるみが、朝っぱらから全国放送されていたのかもしれません。
「カッパのカータン!」とあの甲高い声で叫ぶ彼を見るたび、同じカッパ属性の私は「…なんか変な親戚がいる」と、自分のことは完全に棚に上げて戦慄していたものであります。あの甲高い声ですが、ネズミーランドの某ネズミさん同様、なぜか甲高い声が妙に怖かったりしませんか?私だけかもしれませんが、当時のカッパ少年はあの声に恐怖を感じていたのであります。
そして、NHKの工作番組『できるかな』のゴン太くん。
彼の最大の特徴は、視聴者の誰一人として「何を言っているのかサッパリ分からない」という点です。「フゴフゴ!クピプ〜!」という鼻息混じりの怪音を、ナレーションのつかせのりこさんだけが超能力並みの理解力で通訳するスタイル。
しかも、のっぽさんは一切しゃべらない。理由は「子供の想像力を邪魔しないため」だったと言われていますが、今思えば、かなりストイックな発想です。
ゴン太くんは、工作をそれほど手伝うわけでもなく、進行を助けるわけでもなく、ただ横にいて、何か我儘を言っている。
それでも成立していたのは、昭和の子供向け番組が“説明しすぎない文化”だったからでしょう。考える力は、視聴者に丸投げ。これもまた、昭和の教育テレビの味であります。
今のテレビなら「字幕をつけろ」「子供が困惑する」とクレームが来そうですが、昭和のNHKは「分からないものは、分からないまま流す」というストロングスタイルでありましたね。
3メートルの巨人と50年の壁を超える恐竜!記憶にこびりつく怪物たち
忘れてはならないのが、身長3メートル、体重500kgの巨漢ジャンボマックスです。
元々は百貨店の客寄せパンダ(人形)だったのが、なぜか『8時だョ!全員集合』にレギュラー出演。当時の昭和は「デカけりゃ面白い」というシンプルすぎる価値観で動いていました。
ちなみに彼の弱点は「タコの頭」。身長3メートルの大男が、なぜタコの頭を恐れるのか。3メートルのおじさんとタコの間に何があったのでしょうか笑
謎が謎を呼ぶ設定過ぎて、これを設定した人の脳内を覗いてみたいものですが、その理不尽な設定こそが昭和の味ですね。
そして、50年以上も第一線で現役を続ける「着ぐるみ界のレジェンド」といえば、ガチャピンとムック。
永遠の5歳児と言いつつ、ヒマラヤ登山から宇宙飛行までこなすスポーツ万能恐竜と、雪男なのに情熱的な赤色を纏った博識キャラ。もはや「設定の渋滞」が起きていますが、彼らが今も愛されているのは、完成度よりも圧倒的な「存在感」で勝負しているからでしょう。
ゆるキャラはいつの時代も面白い
こうして振り返ると、昭和のキャラクターたちはどこか歪で、説明不足で、そして強烈に人間臭い連中ばかりでした。
洗練された現代のゆるキャラもいいですが、たまにはあの「何だかよく分からないけど、目が離せない」連中が恋しくなります。
ちょっと変だけど、一度見たら一生忘れられない。そんな昭和テレビの遺産に思いを馳せながら、今日もジジイは湿っぽく懐かしさに浸っているのであります。


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